株式会社キャトルキャー ゴルフコース設計家 迫田耕(さこたこう)
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 Choice誌掲載 (6) 2004年1月号 Vol.138    出版元ゴルフダイジェスト社

ゴルフコースのルネッサンス
  欧米のゴルフースと日本のそれを較べる時にいつも感じる事だが最終的に
レーする人達の人種や民族性の違いに行き着いてしまう狩猟民族と農耕民族
の違いといえば分かりやすいのかもしれない。
 我々農耕民族が初めて英国の古いコースに行く場合を考えるとプレー速度
の違いとハーフターン休憩の短さで途惑う人が多いよう端的に言えば同じ
仕事をしても、狩猟民族獲物を狙うためか、速度×力という原理にしたがい
行動するので、長い年月の間に敏速果敢な行動様式が身についたように思う。
一方、農耕民族収穫量を上げるために、仕事の質×就労時間という概念に
沿って行動し、長時間労働や勤勉さを身につけたように思う。結果的に、娯楽
であるはずのゴルフでさえも、異なった発達をしたのではないだろうか?
 別の例だがグリーンまでの残りの距離表示など狩猟民族は風向きと距離
勘案する事こそがゴルフの楽しみだと言い張って目測による距離感を重視し、
未だに距離表示の存在に否定的な人も多い。これも、狩猟民族が獲物に矢を
射掛ける時の本能にも似た行為の、ゴルフを通した反復練習かもしれない。
 
 さて話をゴルフコースに戻すと緯度の高い地域に住む欧米人にとって芝は
蒼い物と言う先入観があるから、日本のコースの冬場における高麗芝や野芝の
枯れた色は、侘しく貧相に見えるだろうし、青々とした芝に張り替えたく思う
に違いない。
しかし農耕民族の我々にとって、黄金色に変色した芝は、豊穣な実りの季節を
連想させる色でもある冷夏と長雨に祟られ10年ぶりの米の不作が伝えられた
今年、重そうに頭を垂れた稲穂を見て、植物の健気な努力をいとおしく感じた
自分は枯れてもなお子孫を残そうとする母性は献身を通り越して気高くさえ
感じる。このような農耕民族独特の美意識の為か、日本では枯れた芝の上での
ゴルフは疑問視されてこなかった。
 しかし現実的に冬のゴルフでは、高く刈り止めされたラフの方が、芝が短く
地面に直接球が乗っているようなフェアウエーよりも簡単なので、良いショットが
報われずアンフェア(不公平)であるし、本来ハザードとラフで構成されるべき
戦略性も芝の厚みの差による打ち易さの逆転現象によって根底から覆されて
いるのは、戦略設計以前の問題である。

  冒頭に掲げた大原御宿の冬景色は故井上誠一氏の純日本的な美意識の
結晶だと思うが氏はも一方で高麗グリーンとベントグリーンの2グリーン
システムを一般化させた事も忘れてはならない。近年、このシステムの是非が
議論されるようになり、ベント芝の1グリーンに改修するコースも多い。
しかし、改造には莫大な資金と景色に馴染むまでの長い時間が必要で安易に
取り組むべきではない。
 2グリーンシステムには歴史的な必然もあり、1グリーンでは得られない利点
さえ存在する例えば全く違った性質のハザードをリーン毎に組み合わせる
事が可能なので季節や曜日によって使い分ければコースの単調さを補い二倍
楽しめるかもしれない。また、少し距離をおいて互い違いにグリーンを配せば、
その日の使用グリーンによってベストルートが異なるから結果的に戦略型に
なりさらにドッグレッグと組み合わせればその設計要素を強調した事になる。
 1グリーンと2グリーンが混在するコースがあっても不思議ではないし定型に
押し込む必要性など何処にもないはずだ。

 日本には日本独特のスタイルがありそれは現在の世界標準からは、少し外れ
ているのかもしれない。しかし、欧米の有名なコースのみが我々の目指す努力
目標ではない事は明らかだし、国情に合った展開を模索していく努力も必要だ。
はっきり言えることは、倶楽部毎に可能性とそれに伴う痛みを吟味し、ゴルフ
ゲームの多様性を受け入れた上で、決断すべきだと言う事だ。
高麗、ベントの2グリーンを1グリーンに改造するという決定も、改造工事中の
長期間の不便を考えて改修しないという決定も、共に素晴らしい判断だと思う。
さらにプレーヤーの高麗離れと利便性を考えてベントの2グリーンに改修する
という決定さえも現実的なものであるどの決定もそれが充分な議論の末の
物であれば、個性豊かな倶楽部の歴史になると確信している。