株式会社キャトルキャー ゴルフコース設計家 迫田耕(さこたこう)
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 Choice誌掲載 (15) 2008年3月号     出版元ゴルフダイジェスト社

ロシアで二人目のコース設計家に、
小生がなれなかった訳は?

日本の45倍の国土に1億5千万人と聞けば随分疎に感じるが、ロシアの首都モスクワは1千万人が暮らす大都会だ。
しかし、広大なロシアに18ホールズのゴルフ場は未だ一箇所(R.T.ジョーンズ・シニア設計)だけで認知度は低く、ゴルフは海外駐在経験を持つ一部の特権階級の贅沢な遊びと考えられている。 妻の海外赴任に人道的立場から同行した小生はクレムリンから西に約10km、ムカッドと呼ばれる環状道路(ロンドンのM25、パリのペリフェディック、東京なら環八に相当する都市圏境)の内側に住んでいたのだが、隣の敷地が新設のゴルフ場だったので入会する事にした。

年会費は邦貨に換算すると36万円相当で欧州の一流所と変わらないが、コースは12ホールズで残りは造成中。 既存ホールも出来が良いとは言い難く、特に打球事故に対する配慮に欠け危険な為、倶楽部創始者に具申する事にした。 小生の欧州ゴルフコース設計家協会会員という肩書きの為か、改造設計の必要性を感じていた為か分らないが、あっさり改造提案が受け入れられたのには驚いた。

と、ここまでは自然な成り行きで順調に事が運んだのだが、この後がいけない。 改造計画を練ろうと敷地図を探したが誰も持っておらず、仕方なく自分で作る羽目になった事は良いとしても、GPS(自動車ナビの高性能版)を使おうとしたら友人全員から激しく止められた。 聞けばGPSの精度を上げるために使用するビーコン信号を当局に傍受されると、スパイ容疑で拘束されるというのだ。 仕方なくレーザー距離計(これも立派に軍事転用可能だが)を使って測量をし、欧州設計家の内規に従って安全を確保しながらコースレイアウトを改善したいのだが、別の基本的な要素が欠けている。

この施設は屋外のゴルフ場だけでなく室内練習場やパターコースもあり、その他にホテルやプールやテニスコートまである巨大な建物で、空虚で悪名高い日本のクラブハウスの10倍の規模を誇るが、ゴルフ用の駐車場は5台分しかない! ロシア人ゴルファーは全員が運転手付の自家用車で来場し、必要な時に携帯電話で車を呼び付けるのが常識だから、誰も駐車場の必要性が理解できないのだ。 結果として路上駐車と賄賂が横行する事になるのだが、不便を感じなければ他人の迷惑など気にしないのがロシア人だ。

また彼らは例外なく壮年以下で、小生は未だにロシア人のシニアゴルファーに会った事がなく、年齢の為か皆キャディーバッグを担いでプレーする。 日本のゴルフを棚に挙げて書くのも妙だが、ロシアのゴルフ環境は歪なのだ。

スッタモンダの末、入会後1年で改造計画を纏めたが、最後に工期が10年掛かるという衝撃的な事実が判明した。 ロシアには遊興施設に重機を回す余裕は無く、全ての作業が旧ソ連邦諸国の出稼ぎ労働者の人海戦術だからだが、それにしても小生にとって10年は長すぎる。 因みに前述のロシア唯一のゴルフ場も、米ソ共同の国家事業であるにも関わらず、着工から開場まで15年掛かっている。 非KGB出身者の次期大統領もゴルフを嗜まないから、ロシアにおける「ゴルフの春」はもう少し先になりそうだ。