株式会社キャトルキャー ゴルフコース設計家 迫田耕(さこたこう)
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 烏山城CC会報掲載文 2008年6月25日  出版社:ゴルフダイジェスト社

ゴルフコース設計者から見た井上誠一    

 

上の写真はロンドン近郊にある WEST HILL GC の女性ゴルファー女性4人が手引きカートを使い、おしゃべりしながら、3時間半でラウンドするのが良いペースだそうです。

会員の皆様お元気ですか?

現在バルセロナ在住のため、たまにしか烏山城に伺えませんので、時折Google Mapでゴルフコースを俯瞰しております。
この種の衛星写真は、プレー中に感じるコースとは別の視点から、ゴルフ場を比べる事ができて便利なのですが、烏山城CCは他のゴルフ場に比べホール間に余裕があり、比較的ゆったりとレイアウトされているようです。

ところで、現在日本には2千数百ヶ所のゴルフ場がありますが、世界中では2万数千ヶ所なので、地球上に存在するゴルフ場の約1割が狭い日本にある勘定です。 各国のゴルフ場数の内訳は1万数千コースの米国が全体の6割ほどでダントツの1位。 第2位は英国と南アイルランドを合わせた英国圏の3千コースで、意外にもゴルフ発祥地のスコットランドは6百ヶ所程です。 そしてなんと第3位は日本です。 今や日本は世界的に見て、ゴルフ場数(面積)でも市場規模(資金)でも、れっきとしたゴルフ大国なのですが、その自覚が感じられないので不思議な気がします。

常緑芝環境

さて、日本のゴルフコースが世界標準と少し異なる点は、2グリーンシステムと冬場に芝が枯れた状態のままプレーする事です。
この2グリーンシステムについては井上誠一氏が開発し、日本中に広まったと伝えられています。 高温多湿の日本のゴルフ環境は、氏が活躍した50年前の技術では克服不可能だったのです。 芝種や管理技術が進歩した現代では、沖縄以北で常緑芝による1グリーンシステムが実用化されていますし、フェアウエーにおいても常緑環境が維持できますが、井上先生の時代では北海道を除いて技術的に不可能でした。 因みに、マスターズトーナメントが開催されるオーガスタ・ナショナルGCは北緯33.5度ですから、伊豆諸島の八丈島等とほぼ同じ緯度で、夏はとても暑い所ですが、現在では常緑芝環境です。

グリーン周辺

設計者としての井上誠一氏は、ご存知のように用地選定に厳しかった事と、優美な曲線を生かした独特の美意識で、現在でも高く評価されています。
しかし一部では「グリーン周辺のバンカーがグリーンから離れ過ぎていて、ガードバンカーの機能を十分に果たしていない」と指摘される事もあるようです。 確かにガードバンカーに限らずハザードは、グリーンの近くにあればあるほど、正確にプレーした人が有利になる公正な方法です。 グリーンを僅かに外した場合だけでなく、大きく外した所からも次打に影響を及ぼすからです。

井上氏も当然この事には気付いていたはずです。でもどうしてバンカーをグリーンに近づけなかったのでしょうか? この説明の代わりに井上誠一氏の設計手法を考えて見ましょう。 井上氏は2グリーンシステムの開発に当たり、当然より良い方法や構成を模索したと思います。 その特徴を挙げると、その後一般的になった両グリーンを並べて配置する(通称メガネタイプ)を嫌い、両グリーンは左手前と右奥またはその逆等、斜めの位置関係を原則にしています。 また、ティーグラウンドから見て近い方のグリーンはどちらかといえば横長に、奥のグリーンは縦長に計画されているようです。 そして、ここからが一番重要なのですが、手前のグリーンをガードしていると思われるバンカーが、実は奥のグリーンを狙う短いアプローチショットのエリアを狭めるようにも工夫されています。 つまり、井上氏はグリーンからバンカーを離す事で、2グリーンが引き起こす困難を逆手に取り、アプローチショットの多様性を獲得しようと試みられたのです。

この構成は必然的にバンカー数が多くなり、結果的にグリーン周辺の面積も大きくなります。 また、バンカー周辺を懲罰的に捉える傾向が強くなるようですが、ハンディキャップのある倶楽部ゴルファー(必ずしも規定打数でグリーンに乗せない)にとっては、とても挑戦しがいのある知略的な設計手法だと思います。

ランディング・エリア周辺 

練りに練ったグリーン周りのバンカー配置に比べて、ティーショットの落下地点付近にあるバンカーは、最小限のハザードを的確な位置に置くという理想を勘案しても、少し画一的で単調です。
氏は代わりにお得意のマウンドや傾斜を利用する事で、プレーの多様性を確保されたのでしょう。

井上先生の時代はコース設計界の変革期でもありました。 英国の伝統的なハザードレイアウト手法に、米国の新進気鋭の設計家達(軽井沢72を設計したロバート・トレント・ジョーンズ・シニアなど井上氏と同世代です)が反旗を振りかざし、新しい手法を次々と発表していたのです。 英雄型(ヒロイックタイプ)と呼ばれる物で、池を大胆に取り入れたS字型パー5など最も成功した例ですが、奇想天外なアイデアも沢山あったようです。 そんな時代ですから、井上氏がティーショットのランディング・エリアに、比較的保守的な設計をしたのも無理からぬ事に思えます。

井上誠一氏は晩年になるまで英国のゴルフ場を訪れた事はありませんでした。 逆に言えば書物から得た知識だけでコース設計をなさった訳で、もう少し早く海外を視察なさっていたら、全く違ったコース設計をなさったような気がします。

ランディング・エリア付近のバンカーに話を戻すと、一般的に歴史あるコースは、開場時のプレーヤーの飛距離の影響が残り、ティーからバンカーまでの距離にバリエーションが足りません。 多くが200から240ヤード付近にあり、現代では特定の飛距離のプレーヤーだけが毎回苦労する不公平な現象が起きています。 バンカーに届かないプレーヤーはともかく、その距離以上飛ばせるプレーヤーは余剰距離に関係なく一律に有利になるからです。

また、バンカーへの雨水流入を防ぐための日本独特のコース管理なのですが、バンカーの淵がフェアウエーより高く、しかも全周に渡り画一的にラフで縁取りされているので、奇妙に感じます。 全てではありませんが戦略上の鍵になるバンカーを、わざわざ入り難くしたら意味がありません。 

竣工時と現代の飛距離

過日、井上理事長のご尽力により、烏山城CCの開場時の図面を拝見する事ができました。 この図面は残念ながら井上誠一氏の筆による物ではなく、土木工事用の施工図だと思いますが、コース造成前の地形と設計概要が対比できる貴重な資料です。
この資料でも確認できましたが、井上氏はティーショットの飛距離を240mに見積もっています。 後で設計者仲間に確認をすると、氏は全てのコースを240m(260ヤード強)で設計したようです。 当時の日本では、ハンディキャップ±0のスクラッチ・ゴルファーの飛距離として245ヤードを使うのが普通でしたから、井上氏が活躍した半世紀前の時点を考えると、将来を見通した卓見だったと思います。 しかし現代では、道具の進歩によって240m地点はシニア・プレーヤーでも届きますし、トーナメント・プレーヤーに至っては300ヤード地点までキャーリーできる時代です。

余談になりますが、昨年の世界4大メジャー大会でのコース全長の平均値は、パー72換算をすると7500ヤードを超え、コースレートに直すと80!程です。 しかも、コース全長は毎年十数ヤードずつ伸びているので、十数年後には全長8000ヤードのコースも誕生するでしょう。 残念ながら日本にはそこまで難しくできるコースは存在しませんから、練習環境が無い日本人のメジャー優勝など永久に夢です。 私のように年老いたゴルファーにはあまり関係のない話ですが、時代に取り残されたようで少し寂しい気がしますネ。 因みに現在のThe Open開催コースでは、競技用のティーグラウンドから計測して、260ヤードから320ヤード付近にバンカーを増設しています。 また、欧州コース設計家協会では、倶楽部メンバー用には250mを推奨しています。

最後に、今年のお正月(半年も前だが)に久しぶりに烏山城CCをプレーする事ができました。
まずクラブハウスでは、全員がキビキビ動きながら明るい対応ですし、コースも丁寧に手入れされているようです。特にホール間の樹木がまるで庭園のように剪定されていてびっくりしました。 理事長や支配人を始め、倶楽部を支えているスタッフ全員の真摯な努力を感じました。

ただ午前中、グリーンがカチンコチンに凍っていて困りました。
英国は暖流の影響で比較的暖かく雪が積もる事は稀でのですが、ドイツの冬はそれこそ鼻毛が凍るくらい寒く、そんな中でも何故かグリーンが凍っているという経験はした事がありません。 もう一つ小言を書かせて頂くと、コンクリート色をした砂をバンカーに使うと、せっかくのホール景観が損なわれると思います。 とはいえ、烏山城CCは良くなり、更なる可能性も秘めている類稀なコースだと確信しました。