株式会社キャトルキャー ゴルフコース設計家 迫田耕(さこたこう)
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 特集・ゴルフ場セミナー誌 (3) 2001年2月号  出版元ゴルフダイジェスト社

フランクフルト ゴルフ国際会議
 12月の5日から7日までの3日間ドイツの中核都市フランクフルトでゴルフ
国際会議が行われた。
開場はフランクフルトモーターショーなども開催される巨大な施設だが、一部
の会議設備を使い、設計家の広告ブースや財務ソフト、管理用品などの展示会
も併設されていた。
カリキュラムは別表に詳しいが、講義、講演が中心だが3日間のコース設計の
実技などもある。
参加費用は各々の講義ごとに予約制で半日で70ユーロ(6千円程だが、何らか
のゴルフ組織に属していると2/3程度になるのが面白い。
 この国際会議に出席したメンバーは20ヵ国を越え、言語も英語が標準語だが
ドイツ語とフランス語は総ての開場に同時通訳がつくという徹底したもので
あった。日本でもこのようなシステムは是非早期導入して欲しい。また講師も
自分の受け持ち時間以外は他の講義に聴講生として参加し、見聞と交友関係を
広めるなど和気あいあいとした雰囲気の中で会議は進んでいった。

 この国際会議の背景にある各国のゴルフ事情は連載の『トムモリスの国から』
でお伝えしてきたが、ここでもう一度再確認しておきたい。
英国を含む欧州ではゴルフ場の新規開発費は用地代からクラブハウスの什器備
品まで含めて8億円以内で造られる。コースだけについて見れば土木工事から
散排水設備、砂や芝の種子代も含めて2億円程度なのだ。
当然土木工事の量も限られ、平均で50万m3ほど100万m3も動かせば話題になる。
つまり、グリーンやティーグラウンドを盛り立てる場合も3mが限度で5m以上の
切り盛り土工事はまず行われない。
管理費用は18ホールあたり6人の管理スタッフが平均的で管理用機材の償却は
5年から7年。年間の予算は人件費を除いて1600万円、人件費込みで3600万円程
だろう。
 一方のアメリカでは新規開発予算や管理費用が概ね欧州の2倍、乗用カート
によるプレーが一般化しているので通路部分の舗装費がかかるという事情はあ
るにしても、一般的な土木工事量も格段に大きい。
またゴルフ場による格差も大きく、USGA方式の床構造の普及率は未だ半分にも
満たない。その他はカリフォルニア方式とパーウィック方式が一部で、殆どは
唯そこに芝の種を蒔いただけの安価な方法である。

 かくして、ドイツで英国に住んでいる日本人がアメリカ人の講義を聞くとい
う奇妙な事になったのだが、これには訳があるのだ。
開催期間の中頃で気がついたのだが、この会議はドイツのフランクフルトを戦
場にしたアメリカとイギリスのゴルフ界での覇権争いなのだ。
アメリカ側は膨大な科学的根拠を基に新種の芝やグリーンの構造や散水設備を
アピールする。もしドイツや周辺国でそれが一般化すればアメリカ自国の種苗
メーカーや散水器メーカーが儲かるという仕組である。
一方の英国側は一歩早く欧州連合なるものを立ち上げていて、アメリカ側より
も低コストでその地域にあった管理方法を提唱している。いまやUSGAの技術は
ウエッブサイト上で公開されており、専門家ならばだれでも等しく理解できる
と言うのがその主張である。
 全体的に見渡してみると、環境問題への取り組みや、ゴルフ倶楽部のマネー
ジメント、設計手腕という意味では英国側に分がある。
しかしゴルフグリーンの芝の開発や床構造の汎用性と研究成果ではアメリカに
1日の長があるようだ。
問題はm2あたり4000円と言われるUSGA方式のコストが欧州のゴルフ事情に
見合ったものであるかどうかで、限られた開発予算の振り分けに皆苦慮してい
るのが実情なのだ。


 ここからの話しは私が出席できたセミナーの内容を御茶混ぜにして順不同に
並べ変えたものである。基本的には最終日の午前中に行われたジムの講義を下
敷きにしているが、これは日本の読者にとって最も有益だと思ったからである。
以後の内容が事実と違っていてもそれは講師の責任ではなく、私の理解が足ら
ないだけなのでお許しください。3日の講義内容を順序立てて説明するには
紙面が不足しているからなのです。


 USGAのガイドラインはグリーンの断面構造に限ったことではなく、ティーグ
ラウンドの構造やバンカーの作り方にまで言及している。
今回は我々が一番良く眼にするグリーン構造を例にとってUSGAの取り組みを紹
介したい。
 USGA方式のグリーン構造の歴史は1920年代に遡る。などと書かれる事が多い
のですが、実際は1960年代のゴルフブームの時に大量の問い合わせに悲鳴を挙
げたUSGAが統一見解を出そうと研究を始めたのがきっかけになっています。
とはいっても広大なアメリカのことですから南と北、東と西では気候も土壌も
違い、総ての地域で最高の性能を持つグリーンの構造など存在しません。そこ
で地域ごとに支部を置いて、その場所の気候や土壌にあった床砂の配合や芝を
研究する一方で、基本になるUSGA方式と呼ばれる床構造はできるだけ汎用性を
持たせるように計画することにしました。
このようにすれば例えば此所フランクフルトは気温や降水量や土壌がアメリカ
東海岸のボストンに近いのでそこで集めたデーターがそのまま使えるというメ
リットがあります。

 USGA方式そのものは、60年代以後度々改良されてきて、現在は1993年のもの
が最新ですが、それを詳しく説明する前に他の方式と比較をしておきましょう。
御承知のように原始的な直蒔きグリーンを別にすると、カリフォルニア方式と
パーウィーック方式があります。両方とも厚い砂の層の下に排水管は持ってい
ますがグラベルレイヤー(レキ層)はありません。後で説明しますが、我々の
研究ではこのレキ層の存在がウォータテーブルを安定させる意味で重要な役割
を担っているのです。
確かにコストの点ではカリフォルニア方式の方が安く上がりますし、砂漠地帯
のような極端に散水設備にお金が掛る場合ではパーウイック方式もメリットが
あるでしょうが、今後ますますグリーンスピードが早くなってくるであろう事
を考えると、健全な芝を安定して育てる必要があり、我々がUSGA方式の普及に
力をいれている理由でもあります。

 それでは1993年版のUSGA方式に付いての説明に入りましょう。ご存じのよう
に1993年からUSGA方式は2つの床構造が並記されるようになりました。以前か
らのものはルートゾーンとレキ層の間に中間層(小豆石層)を持っていたのに
対して、93年に新たに加わった方式では中間層を省略しています。
これが色々な誤解を生み『最新のUSGAスペックでは中間層は必要とされて
いない』とか『93年版の構造形式でルートゾーンミックスを以前のものを使っ
てはどうか?』 などという意見が多く寄せられるようになりました。 確かに
中間層を5cmの厚さに均一に施工することはとても難しい事ですしコストも
かさみます。施工業者はそれを良い事に手抜き工事をしたくもなるでしょう。
実際、現在全米で施工されているUSGA方式の9割が93年に新たに加わった中間
層を持たない形式です。

 ここできちんと説明する時間はありませんが、この二つの形式は全く別の物
で折衷する事はできません。
これは主としてルートゾーンに使用する砂の粒径の許容範囲とウォーターテブ
ルとの相関関係で決まってきます。例えとして砂をビー玉、中間層の小豆石を
テニスボール、レキをバスケットボールとしましょう。以前からある方式では
バスケットボールを沢山並べた上にテニスボールを並べ、その上にビー玉を
ばら撒いた様な物です。ところが93年に加わった方式ではバスケットボールの
上に直にビー玉を撒くことになります。
ビー玉はバスケットボールの隙間をすり抜けて下に落ちてしまうか、バスケット
ボールの隙間にみっちりと入り込んでしまうでしょう。そうならないためには、
ビー玉とバスケットボールの大きさの相関関係を厳密に規定しなくてはなりま
せん。言うまでもなくビー玉を大きくし、バスケットボールをハンドボールに
変えなければならない訳です。
もし、施工時に適切な関係であったとしても数年経ったときに同じ状態である
保証などありませんし、バスケットボールの隙間に詰まったビー玉がウォーター
テブルを押し上げることは目に見えているからです。

 もう一つの問題は、芝とグリーンスピードにあります。欧米の色々な立場の
人と話しあった結果、通常のプライベート倶楽部ではグリーンの早さはスティ
ンプメーターで8feetから9feet位が好まれるようです。しかしスクラッチ
プレーヤーばかりが集まるような競技会では10feet以上が要求されるでしょうし
プロのトーナメントともなれば12feetも必要で、今後もっと早くなってゆくで
しょう。
少し前までは国際的なプロのトーナメントと言えども3mmから3.5mmの刈り高が
一般的でしたが、現在では限界まで低く刈った上にローラーを掛けることに
よって更にスピードを上げる傾向があるようです。
公表はしていませんが、マスターズが行われる週のオーガスタナショナルでは
2.8mmのダブルカット縦横に刈るのは当然ですが、この場合は朝晩刈るという
意味)をした上で、ローラーを掛けて15feet以上に調整されているようです。

 新しいベントグラスの話題として近年A-4やA-2という芝が開発されてきて
います。 A-4は湿気が多く高温が続く環境でも良好な結果を期待できます。また
A-2は2.0mmの高さに刈っても健全な成長を続ける事が可能です。このような低
さに刈れるモアが限られている事は問題ですが、数年以内に解決されるでしょう
本当の問題はトップドレッシングに使う砂の粒径なのです0.5mm以上の粒径を
もつトップドレッシングに埋もれた芝を2mmに均一に刈ることが果たして可能
でしょうか?
もし刈ることができたとしても、滑らかな転がりが得られるかどうか疑問です。
結局、砂の粒径を低刈りにみあった物に変えるしかないのです。
 という訳で国際大会を予定しているコースはこぞってA-2に興味を示し、グリーン
の床構造も以前からある小豆石の層を含む物に戻す計画を立てているのです

 今お話しした事例は全米でも最先端の技術を使える極限られた倶楽部の事で
したが、一般的な倶楽部では別の問題が起きつつあります。
数十年前に開場した倶楽部がグリーンの補修工事を機に、オリジナルデザイン
通りの小さなグリーンに戻そうと決めてしまう事が良くあります。
数十年前はゴルファーの数も少なく年間のプレー回数も1万ラウンドにも満た
なかったでしょうし、芝の刈り高も7,8mmはあったでしょう。
そのグリーンを年間3万ラウンドに耐え、4mmの刈り高で維持せよと言われても、
土台無理な話しです。
また、支配人が変わる度に色々な方法を試した挙句、総てのグリーンが違った
構造になってしまった例も良く聞きます。そうかと思えば数年前に新設したガード
バンカーによってグリーンの排水不良が起きてしまった事例も良く経験します。

 同じUSGA方式で造ったグリーンでさえ、日照条件や通風によって育ち方は
色々なのに色々な構造のグリーンを均一なコンディションに管理する事など
できる訳がありません。
また、新しく造ったグリーンは総ての面でうまくゆく場合が多いのですが
3〜5年経ってから問題が起きる事が多いのです。言い替えれば、数年の経年変
化で問題が起きたとしたら、そのグリーンは間違った方法で施工されてしまっ
たと考えたほうがよいのです。

 それでは、下から順にかい摘んで説明してゆきましょう。

排水管

私(ジム)個人はスマイルドレインさえ持っていれば4.5m間隔以内というのは
過剰施工だと思っています。前にも言いましたが、レキ層がウォーターテーブル
の高さを調整する役割を担っているからです。排水管の敷設で重要なことは管
理方法を予め考えておくことです。ビニール被服電線や洗浄口が役に立つと
思います。

地盤

最も重要ですが蔑ろにされやすい部分です。93年の改訂でグリーンの形状を
そのまま写す事は必要なくなりましたが、地盤沈下によるグリーンの不具合を
防ぐため充分な転圧が必要です。フロリダ等の湿地帯ではビニールシートを
敷く場合もあります。

レキ層

現在ではレキ層の上面が正確にグリーンの仕上がり形状と一致させることが
必要です。このように施工すればマウンド頂点のドライスポットの発生を遅ら
せることができます。USGAではASTMテストにより性能評価しています。

小豆石層

5cmの厚さに施工する事が難しい場所ですが、鉄パイプ等をレキ層の上に置き、
それをガイドに敷き詰めてゆくと小型ブルドーザーの使用も可能で、コストダ
ウンになるでしょう。

ルートゾーン

今まで殆ど説明してきませんでしたので、少し詳しくお話ししましょう。
基本的に80%の砂と20%のピートモスの混合したものを30cmの厚さに敷き詰める
と理解されている事が多いと思うのですが、ケースバイケースなのです。25cm
の厚みにする場合もありますし、ピートの割合が15%以下になる場合や、他の
有機物や土を混ぜることもあります。
私(ジム)が自宅の裏庭に子供と先日造ったグリーンは20cmの厚みの砂だけで
できています。
重要なのは、育てようと思っている芝の種類にあった透水性と保水性を確保す
る事と、肥料や散水等の管理方法を前提にした計画を立てることなのです
例えば大量の散水が可能で散水過多による他の被害が少なく、施肥が頻繁に行
えるような環境であれば、ピュアサンドによるグリーンも可能でしょうし
できるだけ管理費用を抑え自然に近い植生を農薬の力に頼らずに実現したいと
いうのであれば別の配合になるでしょう。

 ルートゾーンの体積占有率で見ると35〜55%が砂などの粒子、15〜30%が空気
の入ることのできる比較適大きな隙間、15〜20%が水しか入り込むことができ
ない小さな隙間で構成されています。年が経つと大きな隙間が徐々に少なくなり、
それに伴って透水係数も下がってきます。200〜250mm/hという透水係数が一応
の目安ですが、試験結果は試験場ごとにかなりのばらつきがあり、目安程度に
しかなりません。
USGAでは7年前に土壌検査の試験方法を統一しましたが、3年前に同じグリーン
から摂取した全く同じサンプルをアメリカ全土の50箇所以上ある試験場に送り
ました。これらはすべてUSGAの基準にあった試験機材を使っているのですが、
結果は100倍もの開きがありました。
ある試験場では透水係数 10mm/hだったものが別の試験場のデーターでは
1000mm/hだったのです。
その後色々改良して現在では10%内外の誤差に収まるようにはなってきましたが
施工時から竣工後までずっと同じ試験場を使う方が良いと思います。



近年グロノミストの努力によりベント芝の新種が次々と発表され、我々の選択
肢も随分広がりました。ただこれらは各々が違った好みを持ち、要求する日照
も水分も肥料も違います。これらに対応するためますますグリーンの床土構成
は重要な役割を持ってくると確信しています。

これで私の講義は終わりですが、今までにお話しした事は、ウエッブサイトに
詳しく記述してありますし、なによりも無料です。ぜひUSGAのサイトにお越し
ください。


 USGAグリーン構造は言うまでもなくウォータテーブルの考え方を基本的に押
し進めたものである。
このウォータテーブル(水盤)は、よく水を含ませたスポンジを例にとって
説明されるが、ファインサンドキャップエフェクト(細かい砂を上に撒いた時
のウォータテーブルの変化)が感覚的に把握できているかどうかによって理解
度が計られると思う。もしもこのキーワードがうまく他人に説明できないよう
ならば、図書館か本屋さんに走るべきだ。
欧州でもアメリカでもグリーンキーパーは当然の事だが支配人でさえこの
ウォータテーブルが理解できていないと見識が低いとみなされる。

 細菌や微生物の働きについてはUSGA側も認めているが、研究が始まったばか
りで確たる成果は挙がっていない。私個人はグリーンの床構造内で行われる微
生物の振る舞いを糠床になぞらえて考えている。
新らしい糠床はおいしい糠づけを造ることができない。雑菌が多く繁殖してい
て本来の風味に雑味が加わるからである。手間と時間をかけて乳酸菌と他の菌
のバランスがとれて初めておいしい糠づけができるのだ。
百年も前の糠床を今も大事に使っている旅館があると聞いたことがあるが
手入れさえ良くすれば随分と長く使えるものなのだ。
 しかしゴルフグリーンの場合は排水が悪くなり改修が必要になる場合が多い。
今回の国際会議とは別の機会に排水設備の専門家に聞いたことがあるのだが
暗渠排水管の耐用年数は普通30年程度らしい。英国内でもローマ人(2000年も
前の話しだ!)が造った排水管が今だに現役として使われている例もあるが
ゴルフグリーン用のプラスチックの有腔管は主に強度の点から頻繁な清掃及び
補修作業を要求し、特に年1回の洗浄はマストらしい。


最後にウエッブサイト情報を書いておきます。
http://www.usga.org/green/coned/
http://www.astm.org/


『裏話』
 今回のアメリカ軍団は、ジムを始めグロノミスト(芝種専門家)や散水専門
家など強力な赴陣であった。
そのなかに設計家ロバート・ボーン・ヘギーの番頭さんもいて、アメリカン
タイプのコースデザインについて講演を行った。彼はアメリカ人らしくとても
明快に現況地形(使用前)と造成後(使用後)の違いをスライドで見せて
くれた。(何故かトリはいつも日本のコースだ。)
ところが、環境問題の先進国を自負するドイツでこのプレゼンテーションは逆効果
であった。講演後ドイツ人達は『あのアメリカ人は大切な森をズタズタに切り
んでも、何とも思わないのか!』と吐き捨てるように言って会場を後にして行った
 ところで最近話題の2コース(ロッホローモンドとキングスバーン)は両方
もコース造成だけで8億円もかけたアメリカ人の設計である。
日本人から見ると、世界中のトップ100に必ず入るであろうコースがそんなに
安くできるのかと思うのだが、欧州のグロノミストから見ると問題があるらしく
2〜3年の内に改修が必要になるだろうと言っていた。
果たして、先にできたロッホローモンドは排水不良を起こしつつある。