株式会社キャトルキャー ゴルフコース設計家 迫田耕(さこたこう)
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 特集・ゴルフ場セミナー誌 (6) 2003年6月号 出版元ゴルフダイジェスト社

全天空写真のコース管理への応用
 

 天空写真とは、超広角レンズ(魚眼レンズ)を空の方に向けて撮影し地表上
にある全ての突起物を画面の中に写しこんだ写真の事です。
この写真を解析すれば、太陽の軌跡や日影時間が分単位で判り、日照の状況を
把握できるため、日本では昭和中期から建築や都市計画、生態系の観察などに
利用されてきました。しかし特殊なレンズ(日本光学製が一般的)が必要な事
解析方法の普遍化が遅れたため、あまり普及はしなかったようです。

 今回神戸ゴルフ倶楽部の日照被害調査のため二森グリーンキーパと共同
で研究する事にしました
新設コースなどの場合は建築設計で使う日影ソフ
を利用した方が将来に亘る計画を立てやすいのですが既存の古いコース
では理事会やメンバーへの説得も必要で、被害の原因確認と樹木伐採の必要性
説明には、視覚的効果の高いこの方法が相応しいと判断しました。今後研究を
深め、神戸ゴルフ倶楽部の百周年記念行事としてだけでなく、全国の日照被害
に悩むグリーンキーパーのお役に立てればと思います。

 さて初めに先ごろ開場した東京都港区
汐留の都市再開発現場(図1)を例にとって
天空写真の見方を説明しておきましょう。
円形画面の中心部が真上の空、周辺部が
地表付近
を写している事はすぐにお気付き
だと思います。画面の上に爪楊枝が写って
いますが、この方向を磁石の北に合わせて
撮影しています。(汐留の写真のみ南)
ところが地軸上の北極を表す真北と、磁石の
示す磁北は少しずれて
おり、東京と神戸では共に6.5度ほど西にずれていますので、
写真撮影後に補正してあります。


 南北は誌面での上下関係ですが、東西は逆さまに思われるかもしれません。
これは下を向いて誌面を読む場合の錯覚によるものです寝転がるか本誌を
頭の上に翳してみてください。天空写真のイメージが明確になると思います。
 円形画面を湾曲して東西方向に走る3本の線は誌面上部から夏至春(秋)分
冬至の太陽軌跡です。ですから夏至と冬至で囲まれた範囲以外にある樹木は
どんなに大きくても直射日光を遮る事はありません。

コンピューター上では毎月21日の太陽軌跡を描かせその日照時間を計測する事
にしましたが、週単位でも3日単位でも計測可能です。将来的には気象庁のアメ
ダスと連携させて、天候も加味した完璧な日射量を測ることも可能かもしれま
せんが、現在の用途では月単位の計測で充分でしょう。

説明が長くなりましたが神戸ゴルフ倶楽部で問題になっている七番グリーン(図2)について説明してゆきましょう。円形画面右側に大きく張り出しているのは、敷地境界付近に植えられた松の影です。午後からの太陽を相当遮っており、この松数本が日照被害を招いている原因でしょう。 今回の撮影はグリーンの
中心付近からの映像しかありませんが、今後は実際の被害が出ているグリーン奥での計測も必要に思いました。

(表1)空隙率透過率(%)
空隙率
透過率
1番
86.0
98.2
2番
76.0
94.7
3番
74.7
94.8
4番
74.5
94.1
5番
82.8
97.6
6番
78.6
94.8
7番
65.4
87.9
8番
80.7
95.8
9番
82.8
97.1
10番
76.3
94.1
11番
85.7
98.3
12番
89.7
98.3
13番
61.9
82.9
14番
82.0
97.3
15番
84.0
97.9
16番
82.9
97.9
17番
81.6
96.7
18番
84.0
97.9

もう一つ太陽軌跡の計測では直射日光があたる時間、もしくは樹木などによって日影になってしまう時間を計測していますそれだけでは日照条件の
判断には不十分です直接陽が当たらない日影であっても、植物は雲や大気に反射した輻射光を受けており、空隙率と呼ばれる空の大きさや透過率と呼ばれる光の総量を検討する必要があります。(表1)

問題の七番の空隙率は65.4%、天頂を地平線付近より3倍明るいと仮定した時の透過率は87.9%でした日射時間から見ても全天透過率から見ても七番グリーンがコースの中で一番悪く予想通りメンバーとキーパーと私の会合は、松林の処置についての意見交換会になりました。これらの協議を通じて色々な問題点も明らかになってきたのですがその前にグリーン18面
の日射時間という観点から見た相対的な評価も
お見せしたいと思います。(表2)


   
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月
 理想的日射
603
658
719
787
839
860
839
785
717
652
599
580
 2番グリーン
264
412
572
720
753
791
752
721
558
389
247
228
 6番グリーン
526
563
643
660
671
708
671
659
638
553
530
507
 7番グリーン
431
465
474
555
603
622
603
551
470
445
431
367
 12番グリーン
572
640
696
761
808
825
808
759
697
632
571
537
 13番グリーン
476
520
584
613
612
608
612
615
583
523
465
450
(表2)日照時間 単位・分

 グラフがゴチャゴチャして判りにくいかもしれませんが特徴的な5ホールズ
を選んで載せる事にしました。横軸は1月から12月までの月別縦軸は一日当り
日射時間を分単位で表しています。折れ線グラフの一番上の物は、全く影
ができない理想的な日照条件を比較のために付け加えています。

ご存知のように神戸ゴルフ倶楽部は冬場の半年間は休業します。またグリーン
はベントとフェスキューが主体の洋芝で、冬季休業中は降雪対処の寒冷紗
掛けられていますつまり厳寒期のグリーン面への日照はほとんど期待できず、
12月から2月までの日射量は計算上の机上の数値で実際には意味を持ちません。

 これらを見渡してみると確かに七番グリーンは日照条件が悪い事が理解でき
ますが他にも3番13番など日照被害が起こりそうなグリーンが数箇所あります。
ところが、13番は神戸ゴルフ倶楽部の中で一番状態の良いグリーンです。
逆に、12番は日照条件の面からはほぼ理想的ですが、あまり状態が良いとは
言えません。

つまり日照条件は沢山ある因子の中の1つではあるのでしょう他にも生育を
妨げている可能性がある因子がある事を忘れてはいけません。基本的に設計者
の手の届く範囲で言えば床の構成と散排水と日照が大きな要素ですが
キーパーの側からは施肥や刈り込みをはじめ多くの日常業務の中で答えを
模索してゆかなくてはなりません。

神戸ゴルフ倶楽部の12番は敷地の高い所にあり旧式の配管やポンプ圧の関係
で散水がうまく行かず、渇水が大きな原因であろう事は推察できましたが、
他の要因が無いという保証はありません13番の場合はさらに事情が複雑です。

まず悪い日照条件を補って余りある因子を書き連ねると、北側を樹林で囲まれ
六甲山頂を吹き抜ける風からうまく守られている事、六甲山特有のマサ土では
なくもっと水持ちのよい滋養分に富んだ床を持っている事、グリーン面の傾斜
がほぼ南向きである事などですさらに(これは素人考えですが)春や秋は
日射量が豊富ですが日射量の極端に多くなる季節には樹木で朝晩の陽を遮り
芝に過度のストレスを与えないバランスになっている可能性も無いとは
言えません。


神戸ゴルフ倶楽部のグリーンはC3植物ですが強い日射の中でも効率よく光合成
のできるC4植物と違い、日本のような比較的低緯度地域では直射日光による
ストレスも考えた方が良いのではないかと、すぐに日焼けして真っ赤になる白人
の友人を見ていて思っていました 調べてみると強すぎる光を受けたときにも
植物は光阻害と呼ばれる光合成機能不全を起こします。

 光と水と栄養がどのような因果関係あるのか、定性的ではなくて定量的に
るまでははっきり言えませんが複数の欠乏因子や過剰因子が絡んでいる事は
間違いありません中学校の生物の時間で教わったリービッヒの法則では
欠乏因子の事しか習いませんでしたが、現実の社会では過剰因子による抑制や
制限も考えるべきだと思います。

さて問題になっている七番グリーンの日照被害の解決方法ですが、陽を遮って
いる樹木を切り倒す。といった乱暴な方法は最後の手段です。コース管理上の
問題点であっても、メンバーの方々に長い間親しまれて育ってきた生き物ですし、
コースの景観上の配慮も必要だからですできれば軽微な枝打ちか剪定程度に
留め、グリーンと樹木が互いに響き合うような関係を作っていきたいと考まし

 ここで問題になるのは、グリーンまで水平に張り出している枝です。
二森グリーンキーパーも指摘していたのですが枝や葉から滴として落ちてきた
雨はグリーンにはとても有害で枝を払うかグリーンを移動させるしか方法が
ありません。そこで、美観上許される程度の枝打ちをした上で、グリーン奥の
数mの範囲をあきらめてカラーとラフにし傾斜も少し南向きに直すという案を
提案する事にしました幸い七番グリーンは他のグリーンに比べて大きめですし、
奥の数mは元々カップを切れる状態ではなかったのですから、メンバーの方々
も納得しやすい方法だったのです。

今回の天空写真を利用した日射時間計測と日照被害緩和の試みはグリーン
キーパーが日頃感じている事の裏づけにはなりましたが、それ以上の疑問を
投げかけてくれましたしかし視覚データーとして残る資料は望外に使い道が
あり、例えばどの樹のどの枝がどの部分に被害をもたらしているか特定できる
ので、最小限の枝打ちで確実な効果が期待できるという利点があります。

実際問題としてゴルフコース内での日照問題はグリーンよりもティーグランド
で起こる場合が圧倒的に多く被害も甚大です芝種変更(日影対抗性の強い芝)
も含めて検討しなければなりません神戸ゴルフ倶楽部でも引き続きティー
グランドの日照条件を調査する予定ですまた床の物理的化学的データーも
揃えてさらに因果関係を探っていきたいと思います

天空写真の撮影方法や課題について、簡単に纏めておきましょう
魚眼レンズは等距離射影方式のレンズを使います。最近はデジカメ用の前置き
レンズも発売されています方位と水平は磁石と水準器を利用しますが、あま
精度は期待できません今後グリーン面の傾斜も考慮したいと思っています。
真北と磁北の偏角や緯度は丸善書店の国立天文台編理科年表のデーターです。

 太陽軌跡は北緯による影響が非常に大きく日射量の変動も夏場と冬場では
大違いです試しに神戸ゴルフ倶楽部(北緯34.8度)の13番がロンドン(北緯51度)
にあったとしたらどのようになるか試算してみました(図3.4)

 基本的に緯度が高くなれば夏場の日射時間が増し冬場の日射時間が極端に
不足する事が判ります年間を通した日射総量も減少し太陽高度が低いと
影の影響も大きく、日照条件はさらに悪化します。

反対に低緯度地域では真上から当たる日射を遮る方法はありませんから、
朝晩の日射時間を制限する事で過剰な日照量をコントロールする必要がある
かもしれませんが、今後の研究課題です。

最後に今回使わせて頂いたコンピューターソフトは、二年前に生態学者の
竹中明夫氏が公表された【CanopOn】というフリーウエアーのソフトです。
有難うございましたにも生態学の研究者の方々は大変熱心にホームページ
を運営しておられますので、是非お勧めします。