インタヴューの直前、モアの燃料タンクから漏れたガソリンでグリーンの
一部が損傷を受け、ヘッドグリーンキーパーのニ―ル・メッカルフ氏が急遽
現場に急行する事件が起こった。
その時間を利用して、アシスタント・セクレタリーのアリスター・クック氏が、
倶楽部の歴史やコース改修について、面白い話を聞かせてくれたので、先に紹介
しておきたい。 我ロイヤル・セント・ジョージスゴルフ倶楽部の生い立ちは、1886年に
ロンドン郊外のロイヤル・ウインブルドンのメンバーだったドクター・ライドローが
この類稀なる砂丘を発見した時に始まります。翌年には88人の創立メンバー
がロンドンに集まり、スコットランドのセント・アンドリュースに匹敵する
ゴルフコースをイングランドにも創ろうと計画しました。ですから、我々の
倶楽部は創立当初から何事においても世界中の規範になるべく、伝統的な
ゴルフスタイルを継承し続けています。
一例を挙げれば、国際大会(全英オープンも含む)を除いて、4ボールでのプレー
は木曜日にしか認められていません。他の曜日はメンバーも含めて2ボールの
ゴルフプレーだけです。無論マッチプレーの伝統を受け継いでいるわけですが、
マッチというのは勝負という意味ですから、一対一とは限りません。ご覧に
なったように二人一組同士の対戦が良く行われます。このように難しいコース
では、パートナーが先回りしてボールの行方を見ていた方が、ハンディキャップ
のあるアマチュアには好都合なようです。
今回の全英オープン開催にあたり、全部で9ホールのティーイング・グラウンド
を新設し、パー71で7106ヤードと246ヤードも距離を伸ばしました。
特に4番ホールは、有名な"ヒマラヤバンカー"を越えるためには260ヤードの
キャーリーが必要になり、バンカー左の狭く傾いたフェアウエーの意味を
再確認して頂けると思います。
また10番は、1997年に此処を訪れたニック・ファルドの提案を元に、2人の設計者の
下で改修しました。また、練習場施設も充実させました。
現代のトッププレーヤーの飛距離を考えて、ドライビングレンジは350ヤードを
確保しましたし、練習グリーンもアプローチ練習場もインとアウト両方に設けました。
ギャラリー用の歩経路は10ヤード幅でプレーヤーや運営、管理スタッフの導線と
重ならないように計画しました。これらの付帯設備や臨時施設も、自然保護の
観点から関係諸庁との連携の上で進めましたが、此処は全英オープン開催地の
中でも飛び抜けて敷地が大きく、ほんとに助かりました。
程なくニ―ル・メッカルフ氏がスタフと共に笑顔で戻ってきた。
後で聞くと、熟練したスタッフでも初歩的なミスを犯すものだが、その場で叱咤
するとスタッフが萎縮し逆効果になるので、彼は勤めて笑顔を絶やさないように
しているのだそうだ。
立派なコースマンは、人間的な魅力と統率力を兼ね備えているものだ。
さて、やっと本題の管理実務の話。
基本的に私達は自然の摂理に沿った管理方法を目指しています。
それを象徴する事例が水撒きなので、最初に説明しておきましょう。
英国南東部のこの地域は、とても雨量が少なく年間200oにも達しません。
スコットランドのセント・アンドリュースで600o、グラスゴー付近では800o程の
降雨がありますから、少なさ加減がお判りかと思います。
ただ、百葉箱の計測する降雨とは別に、朝露がありますので、我々リンクスランドの
グリーンキーパーは昔からそれを大切に利用してきました。
毎朝グリーンの芝刈りをする前に、露払いをして、その水分を芝土に与える
工夫は代々してきました。一説によるとこれだけで0.3o以上の水分補給になると
言われています。
現代ではポップアップ式のスプリンクラーを使っていますが、水分を有効利用
する考え方は変わりません。欧州では当たり前の事ですが、スプリンクラーは
夜明け近くの朝凪の時間を見計らって回します。そうすれば、風の影響によって
均一に水が掛からないといった弊害から逃れられますし、この時間帯は大気中の
相対湿度が高く、蒸発によって失われる水分も最小限度で済むからです。
それでは実際の管理方法について、手短に説明したいと思いますが、全英オープン
だからといって特別な事は何もしていません。普段通りの管理です。
アシスタント・セクレタリーのアリスターがお話しした通り、10年前の全英
オープン開催当時と比較すれば、新しいティーイング・グラウンドを造って
全体の距離を伸ばしたり、バンカーを新設したり、フェアウエーのアンジュ
レーションを強調したりといった改造は行いました。
バンカーのリベッタリングも含め、多くの労力を投入した事も確かです。
しかしそれは、開場以来幾度となく繰り返されてきた事で、その時代の優秀な
プレーヤーの技術や飛距離に呼応した措置であると認識しています。これらの
改修は、我々の考えるゴルフの本質を揺るがすような物ではありませんし、
そうしないように努力する事が管理者の使命だと思っています。
近年、米国に限らず英国内でも人工的な美しさを狙ったコース管理が、もて
はやされる傾向にあります。例えば、刈り柄をつけたフェアウエーや綺麗に
トリミングされたバンカーエッジ、池に浮かぶ噴水などです。
我々はこれらの手法をマニュキュア(女性の指の爪を彩る化粧と同じ)と呼んで
いますが、ゴルフコースの本質的な部分を蔑ろにしてまで取り組むべきでは
ないと考えています。
自然の中で距離を読み、風を感じ、自己との葛藤に耐えながらプレーする
スポーツに、もし本当に噴水が必要ならば喜んでつけますが、誰もそんな事は
思わないでしょう?
グリーンの芝は基本的に、チューイングフェスキュー(Festuca
Rubra Commutata)、
スレンダークリーピングレッドフェスキュー(Festuca Rubra
Litoralis)、
ブラウントップベント(Agrostis Tenuis)の3種類と数パーセントのカタビラ
(Poa Annua)です。
刈り高は3oで、これはオープンの期間中も変えないつもりです。
速さは10.5フィート(約3.2m)を目標にしていますが、天候によるコース全体の
難易度を勘案して、流動的に対処できるように計画しています。
肥料としては、化学肥料の使用は最小限度に抑えています。僅かにカリや鉄分
などの微量元素を補充しているだけで、窒素やリンは施用していません。
また、除草剤と殺菌剤はスポット的に少量使用することもありますが、大幅に
生態系を変える可能性のある殺虫剤などは使用しません。また、散水も一日
平均4oに相当する量を撒きますが、最低2日のインターバルをとるようにして
います。
これはグリーンに限った事ではありませんが、過去2年間にわたって頻繁に
オーバーシードする事によって、我々の望む芝の割合(ベントとフェスキューが
1対2程度)に調整する手法を実践してきました。
ティーイング・グラウンドは、グリーンの芝と基本的には同じですが、ストロング
クリーピングレッドフェスキューとメドーグラス類を加えています。
擦り切れ対抗性と回復力を高めるためで、5oで毎日刈り込みます。
上級者が多く在籍する倶楽部では、ティーイング・グラウンドの管理状態が
厳しくチェックされるようです。
彼らはティーショットに対する希求水準が
とても高く、それを可能にするために足元にとても神経質だからです。
フェアウエーはティーと同じ芝で、12oに週2回以上刈り込みます。
また、夏場は3o降雨に相当する潅水を毎日行い、ディボット跡の修理用の目砂
にはベント、フェスキュー、メドーグラス類の種を混ぜています。
ラフはフェスキュー芝主体の自然植生で多様な海浜植物も混ざっており、
まったく何も管理していません。正直に言って地勢が激しく、草刈など出来る
傾斜ではありませんし、また人員もおりません。ただし、この粗暴なラフと
マウンドが、此処の魅力であることは確かです。
セミラフは週一回、65oの刈高ですが、幅は周囲のアンジュレーションを勘案
して一定させてはいません。ラフとの境目とフェアウエーとの境目の2本の
ライン取りが、ホールの印象を大きく左右するのと、実際の難易度に直接影響
するので、メンバーとも時間を掛けて検討してきました。
バンカーについては、ポットバンカーが多い事や、砂の傾斜がきついため、
乗用式の管理機材が使いにくく、殆どが手ならしです。106箇所もあるので普段の
日は全部に手が廻りません。
その他の管理業務は、皆さんよくご存知の標準的なリンクスコースの管理手法
ですので、改めて申し上げる事はありませんが、先にお知らせしたように年間
降雨量200o以下で、7月の平均気温が20度前後のこの地域にしか適正はありません。
リンクスコースのグリーンキーパーが集まるといつも話題になるのですが、
個人的な意見を言わせて貰えば、USGAが推奨する床構造については疑問を持って
います。元々が低コストで標準的な品質のグリーン作る事を目的にしていた筈
なのに、今では労働コストが上がったためか割高で、理論も強引過ぎ、制約が
多い為とてもエレガントな解決方法には思えないからです。
自然界の多様な生態系に、もっと目を向けた手法の開発が必要でしょう。
さて、コストの話が出たので、管理予算についてもお答えしましょう。
我々の年間管理予算は、薬剤や芝の種、機材の減価償却費や人件費も全て含めて
4000万円弱(1ポンド190円計算)で、とても安く抑えられています。
人件費が半分以上を占めているのですが、管理スタッフは私やメカニックも
含めて全部で10人しかいません。無論、アルバイトや見習いではなく、全員が
BIGGA(英国グリーンキーパー協会)の資格を持ち、季節従業員ではなく、フル
タイムで働いています。我々は一つのチームとして、倶楽部からこのコースの
維持管理を任されている。と考えています。ですから、チームワークを殊の
外大切にしています。
最後に私自身の経歴ですが、名前から想像がつく通り、スコットランド出身です。
多くのグリーンキーパー同様、若い時に見習いになり、BIGGA(英国グリーン
キーパー協会)の研修を受けて公的資格を取りました。ここに来る前に2箇所の
倶楽部でキーパーを務め、10年ほど前からヘッドグリーンキーパーとして働いて
います。本心を言えば、給料はもっと上げて欲しいと思っていますが、それは
私自身の為ばかりではなく後進のことを考えて、芝生管理者の社会的地位の
向上にも必要な事だと思えるからです。
誰が優勝すると思うか? と聞かれても、私はダフ屋じゃないので答えにくいの
ですが、天候の変化に対応できるロングヒッターが有利である事は確かです。
優勝スコアーは、今年の前半に雨が少なめだったので、距離を伸ばした事と相殺
するかもしれませんが、競技開催当日の天候が殆ど決めてしまうでしょう。
コラム1
スコットランドの旗印は青地に白のX型の十字。これは聖アンドリュー旗と
呼ばれ、12使徒のひとり聖アンドレがエックス型の十字架にかけられ処刑
された為とされる。
対するイングランドの旗印は白地に赤十字。これは聖ジョージ旗と呼ばれ、
ドラゴン退治の伝説でも有名なイングランドの守護聖人セント・ジョージを
表している。ゴルフの聖地セント・アンドリュースに対抗するため、イングランド人は
ゴルフコースの名前をセント・ジョージスに定めたのだ。
コラム2
コース設計は、この砂丘を発見したドクター・ライドロー自身が行っている。
その後幾度か改修されて現在に至るが、元々の素人設計の悪癖は、残念ながら
今も残っている。
スタート直後の数ホールが東向きで眩しい事、グリーンから次のティーイング・
グラウンドまで延々と戻らなければならない事、アウトコースのダイナミックさに
比べてインコースが如何にも変化に乏しく感じる事などが理由だが、全英オープンの
出場選手達にはそんな事に構っている余裕などあろうはずもない。
また、米国や日本の競技会に比べて、グリーンのスピードが遅めに設定されて
いるのも印象的で、パットの冴えよりもショットの確実性を重要視しているようだ。
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