株式会社キャトルキャー ゴルフコース設計家 迫田耕(さこたこう)
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 特集・ゴルフ場セミナー誌 (8) 2004年8月号 出版元ゴルフダイジェスト社

2004年のThe Open開催地
 R, Troonのキーパーに聞く
 

トゥルーンのグリーンキーパーは、立派な設計者

133回目を迎える全英オープンは、イングランドからスコランドに戻り今年は
グラスゴーから30km南西のリンクスランドに位置するロイヤル・トゥルーンが
舞台だ。この地方の平均降雨量は800mmほどでもともとロンドンより多いが、
今年は特に雨が多くて日照時間も足らず、気温も上がらなかったためコースに
重大な影響が出たようだ。

昨年の日本の異常気象を思い出すがリーンーパーのウイリアム・マクロッワン
(通称ビリー、40歳)によれば、ラフの芝の伸び方が足らなかった事が、出場
プレーヤーの攻め方まで変える可能性があるという。例年ならばヘビーラフを
恐れてロングアイアンでティーイングショットしていたホールも、今年のラフ
ならば何とかなると踏んで、ドライバーを使う選手が続出するだろう。

もっとも日本のゴルフコースに較べると植生も豊富で十二分に厳しいラフだと
思うが、体力のある外国人選手は5cmほど日本で言えばラフ)のセミラフの
中からでも易々とロングアイアンを打つうらしいそれが吉と出るか凶と出る
かは判らないが今回のフェアウエーのラインは写真測量までして、前回(1997年)
と全く同じラインを復元した。

また、柔らかくなったグリーンは球を留めやすくなりティーイングショットの
落下地点のフェアウエーにあるアンジュレーションも、ランがないため有効に
働かないもともとトゥルーンは昨年のサンドウイッチなどに較べて簡単だと
言われてきたが現代のツアープロの技術対抗するためには彼らのレベルに
特化したハザードを設けるのが効果的である事は自明の理なのだ。

ビリーはコースコミティーに提案書を出し、コース改造計画を立案すると共に
実際の工事まで自前でやってしまったリンクスコースのグリーンキーパーなら
ではの自信と行動力に痛く感銘を受け我々の話題はインタヴューそっちのけで、
自然とコース設計に移っていった。

今回の改造の骨子は2つあり第1がティーインググラウンドの位置変更によって
距離を稼ぐ事、第2がバンカーの新設である。その他の事項日本のグリーン
キーパーが最も心を砕くであろうグリーンの速さやアンジュレーションや硬さ、
フェアウエーの芝質などは、ビリーによれば既に長年の蓄積があり特に新しい
管理方法を取り入れようとは思っていないらしい。彼はUSGA床構造などには
興味はなく暗渠排水の流速計算などの専門的な知識も持ち合わせてはいないが、
毎年レポートしているようにリンクスランドでは透水性や排水の心配はする
必要がないひたすらコースとプレーヤーを見つめてその接点を探っていくのが
グリーンキーパーの仕事であると言い切るのを聞き、とても羨ましく感じた。

具体的な改造箇所選定過程を掻い摘んで説明すると、過去の競技会のスコアーを
分析してホール毎の難易度を再確認した結果前半のホールが追い風の影響も
あって易しいことが判明したという。更に、実績のあるプロゴルファーよりも、
未来のツアープロを目指すジュニアの方が、将来のプロゴルファーの実像に近く、
数年先を見越してコース改造を検討するなら、彼らの飛距離(実際トーナメント
プロよりも20yほど余計に飛ぶという)を参考にすべき事も判ったという。
また当たり前だが、アマチュアの彼らは、多くの金品を要求しない!

次に、ティーインググラウンドを作る余地があるかどうか検討した所コース
全体で10数箇所あり、バンカーの新設と組み合わせることによって、前半の
9ホールを選択的に難しくできる可能性がある事が判ったという。

さて、問題の難易度の基準だが前述した通り、全英オープンに出てくるような
現代のトッププレーヤー用のトラップを作る訳だから、彼らの飛距離に合わせて
280yから330y近辺に置く事さらにフェアウエーのアンジュレーションと勘案して、
斜めからフェアウエーを狙わせる効果を最大限に活かす工夫がなされている
この点については、戦略設計の要であり注意を喚起しておきたいので改めて
説明しておこう。

ティーインググラウンドからグリーンまで一直線のコースでは、ティーイング
ショットの左右方向のミスがフェアウエー横のバンカーに捕まりやすいという
傾向はあるもの前後方向(つまり飛距離ジャッジ)のミスは大したペナルティー
にはならなかったところが同じホールでもティーインググラウンドを横に振り、
斜めにフェアウエーを狙わせるようにすると、フェアウエーのセンターに球を
留めるためには方向と距離の両方のバランスが要求されるようになる。グリーン
上の旗の位置やハードの構成から見てから見てフェアウエーの左右どちらかの
サイドからセカンドショットを打ちたい場合もその場所にボールを止めるために、
より高い技術力を必要とする訳だ。

さらにフェアウエー横にあった平凡なペナルタイプのバンカーが俄然戦略性を
て復活するというオマケまでも付いてくるこの場合、ティーインググラウン
からハザード群が見通せる方が、初めてプレーするビジターにも不利が無く
現代的と言えるかもしれないがロイヤルトゥルーンのような伝統のある
古典的なコースではプレーヤーの方が歴史のあるコースに敬意を払って下調べ
をするのが当然だから、多少の不可視性我慢すべきだろう。実際問題として
標高差が殆どなくアンジュレーション豊かなリンクスコースでは、ティーイング
グラウンドからグリーンにある旗が見える事のほうが稀なのだ

改造計画は結論として、ティーインググラウンドの新設が数箇所とバンカーの
新設がアウトコースを中心に10数箇所に絞られ縄張りをした時点でコース委員に
評価を受け、確認をとる事になった。ここまでの作業をThe Openの前々年の冬に
終え前年(昨年の夏)には実際の工事を完了させて、アマチュア競技会を迎えた。
昨年の欧州はご存知の通り猛暑で、グリーンやフェアウエーも硬く難易度
高かったはずだが、攻撃的なゴルフを身上とする若武者は、破壊的な飛距離と
最新のスピンボールのおかげで楽々とコースを攻略してしまった。その経験を
踏まえ、昨年の冬にティーインググラウンドの位置を再調整し今大会に臨む
ことになったのだ。

 
バンカーの造形は作ってから2年目を迎えている事もあり取って付けたような
違和感(最近の日本でよく見かける)もなく昔からそこに在ったように馴染んで
いる。ハザードの構成もトーナメントプロに特化したため、少し画一的で単調
すぎるきらいはあるものの、充分その効果を発揮していると思う

これらのことから言えることはプロのトーナメントを開催しようとするースの
グリーンキーパーは自分が片手ハンデ以上の腕前かそうでない場合は少なく
ともスクラッチ以上のプレーヤー数人を自分のブレーンとして持っていなければ
ならない事だと思うコース管理の優劣はグリーンキーパーのプレー技術
直接的な関係はなく、主に農業的な芝草管理技術だと捉えられがちであるが
コースの改造まで手掛けるとなると話は別だ豊かな想像力と美的センスエンジ
ニアとしての技量が現代では特に不可欠な要素だろう。また社会性も必要で、
倶楽部コミッテイーと友好的な関係を築きできる事とできない事をはっきり
提示して長期間に渡る目標を明示し、その年の達成率と反省点をスタッフ全員で
討議し、倶楽部側との意思疎通を図らねば満足できる管理など出来様はずがない。
いきおいヘッドグリーンキーパーの役割は、現場から離れて事務仕事や会議が
多くなりグラフックを多用した説明や交渉能力また作業管理手法や統率力が
問われる。

日本ではこういった仕事を嫌がるキーパーが多いようだが何年も全英オープンの
開催コースのヘッドグリーンキーパーを取材していて、つくづく感じる事がある。
全員が自分の与えられた仕事に誇りを持ち、確固たる信念と技術的な裏付を兼ね
備え、その上で個性豊かであり続けられた人達ばかりなのだ。アイデアマンで
あったり、お茶目であったり、勉強家であったり、人格者であったり、今回の
ビリーのようにコース設計に興味を持っていたり、倶楽部の特徴や各自の持つ
コースの理想像に合わせて実に色々だが、皆人間的魅力に溢れているのだ
ース管理の仕事は決して画一的なものではなく、キーパーの才覚と個性で色々な
回答があってしかるべきだと思う。

改めて、ロイヤル・トゥルーンの管理について簡単に纏めてみよう。
芝環境で言えば、2コース合わせて140haの広大な土地を、ビリーを含めてたった
15人で守り年間管理予算の6割が人件費で総管理予算が7,000万円(ポンド
200円換算)である。総面積7500uのグリーンの芝は8割がベント芝(大半が
ブラウントップ・ベント)と1割ほどのフェスキュー芝、それと1割弱のスズメノ
カタビラ(Poa annual)で通常は4mmに刈っている。

全英オープン開催時には米国や日本の競技会に較べて随分遅いような気もするが、
スティンプメーターで10フィート(約3m)の速さにするため、3mm程度まで刈高を
落とす可能性がある。グルーミングモアやローラーもまれにしか使わないし
肥料や殺菌剤や殺虫剤も使うが非常に微量しか施用しない。

フェアウエーやティーインググラウンドはグリーンに較べてフェスキューの
割合が少し多くなるが、基本的にはベント芝が優勢な芝環境を維持している。
これは雨が多いためかビリーの個人的な好みかどうか判らないが管理方法の
個性によるものら来年の全英オープンの開催地セントアンドリュースの
ヘッドグリーンキーパーエディー・アダムスなどは逆にフェスキュー優勢の
芝環境を作っているのが興味深い。

グリーン、ティーインググラウンド、特にフェアウエーにはダブルでスプリン
クラーヘッドを配備しているが、雨の多い今年は未だ使ったことはないそうだ。
バンカ用の砂もグリーンのトップドレッシングに使う砂もコース内の採砂場
から掘り出たままの状態でも非常に粒径が細かくシルト分を全く含まないため、
洗ったりせずに使うのはリンクスコースでの標準解だし、特に目新しい管理は
していないとの事だった。

ところで、最近耳にしたトーナメント用セティングの新しい潮流は、ロンドン
近郊のお金持ちのインランドコースから始まり、急速に欧州内に広まっている。
それは、意外にも日本で日常的にやっている管理で、トーナメント開催直前に
ヘビーラフにも即効性の高い液肥を散布する、という簡単なものである。欧州内
での今までの基本的な考え方はグリーンやフェアウエーは人工的に短芝を刈る
必要がありその事は植物としての芝を傷めている訳だからその代わりに肥料を
やる。しかし何もしないラフには自然のままという大前提に沿い肥料など撒く
のは間違いだ。という単純明快なものだった。

ところが近年プレーヤーの飛距離や技術の進歩にコースの難易度が着いて
行けず歴史のあるコースも形振り構わずコースを難しくする必要に迫られてきた
のだ。果して今年のロイヤル・トゥルーンでも同じ手法が使われるかどうか未定
だが、世界的な規模で何がしかの抜本的な改革が必要な時期に来ているの
かもしれない。