株式会社キャトルキャー ゴルフコース設計家 迫田耕(さこたこう)
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 月刊ゴルフメイト誌 2004年8月号                出版社:丸善
  「迫田耕のアカデミック講座」(連載第21回)

環境に適した芝

 ロイヤルトゥルーンで行われた全英
オープンの事前取材のため、6月後半から
7月初旬まで英国に行ってきました。
今年の英国は昨年の猛暑と逆で雨が多
く、ユーラシア大陸を挟んで反対側
ある日本の異常気象と反対の現象が起こっています。ご存知のように昨年の日本は長雨でしたが、今年は好天が続き空梅雨
だったからです。新潟地方の集中豪雨も心配でしたが、ここ数年の気象を見ている
と、何か地球規模の異変が起きつつあるような気がします。

 さて今回の旅行は前半がスコットランドのリンクスを中心にしたゴルフ場を周り、後半がイングランドのインランドコース(内陸型コース)を巡る旅でした。ご承知の
ようにスコットランド東側の海岸縁で15世紀ごろから始まったゴルフは、19世紀中
ごろにスコットランドの西海岸にも広がり、僅かの間にイングランドにも南下して
愛好者を増やしてゆきました。
始めはスコットランドと同じように、海岸近くのリンクスランドを見つけてゴルフ
コースを造っていましたが、時代が下るにつれ大都市近郊の内陸部にもゴルフコー
スの需要が高まってきたのです。基本的にリンクスコースは砂浜の延長上にあり、
背の高い樹木は生えておらず、芝の下は直ぐに水はけの良い砂地です。
ところが内陸では粘土質の土が多くなり、森林の落ち葉による有機物堆積して、
水はけが悪くなっているものです。つまり、水はけの良い砂地に適した芝と、日陰
になりやすく少し湿度の高い環境に適した芝は、違って当然なのです。
今回の話題は少し専門的な話ですが、環境に適した芝と、ゴルフとの関係について
考えてみたいと思います。

 まず、皆さんよくご存知のベントグリーンと高麗グリーンとの違いから話を進め
てゆくことにしましょう。元々どちらも植物学上の分類はイネ科で、ベント芝は麦
の仲間、高麗芝はキビや稲の仲間であることは以前お話したと思います。温暖で湿
潤な環境で発生したイネ科原種が、寒冷地適応型として発展したか、乾燥地適応型
として発展したかの違いだと考えられていますが、詳しい説明は省きましょう。
一般にはベント芝を冬芝もしくは洋芝、高麗芝を夏芝もしくは日本芝と呼んでいま
すが、その特徴や発展過程を良く言い表している表現かもしれません。現在では品
種改良の成果と管理技術の発達により、九州や沖縄でも寒冷地型の常緑芝のグリー
ンが存在します。一方、以前は沖縄以北の日本では冬場冬眠し地上部分が枯れてい
た暖地型の芝にも、広島県や山口県東部で研究されているそうですが、常緑化に向
けて新たな発展があり、期待されています。

 さて、日本のゴルフコースの歴史の事を考えると、戦後すぐに造られたコースは
殆どが2グリーンシステムを採用しています。当時は日本の高温多湿環境に耐えられ
る洋芝がなかったためと説明されていますが、2グリーンならぬ2フェアウエーのコ
ースは一つもありません。全てのコースが冬場冬眠してしまう暖地型の芝を使い、
我々は11月から3月までは枯れた芝の上でゴルフをさせられてきました。グリーンに
使う芝が枯れていては面白くないとの判断から、米国主導で寒冷地型の芝が導入さ
れてきたという経緯もあります。近年グリーン用の芝種として注目を集めているベ
ント芝は、戦後すぐに導入された品種から数えて3代目の新世代などと表現されて
いますが、極端に短く刈っても生き残れたり、高温多湿に強い品種だったり特徴が
あり、難しい管理方法を要求します。ところが、今回の旅行で見てきた欧州では、
伝統的に数種類の芝を混ぜて使う事が一般的で、現在でも米国式の単一品種だけを
育てるやり方とは一線を画しています。この方法は全英オープンの開催地でも、内
陸型のロンドン近郊のコースでも、使う品種と配合割合は違いますが一般的で、中
には日本では雑草とみなされている物まであり、とても興味深く感じました。言う
までもなく多品種を混ぜて使うと、環境適応性が増し、管理費用が抑えられるから
なのですが、それでも十分滑らかで速いグリーンに仕上がっています。日本のグリ
ーンキーパーおよびゴルファーは、稲作農業経験者が多いためなのか、米国影響が
強かったためなのか判りませんが、単一品種の栽培に情熱を傾け、雑草を極端に嫌
います。はっきり言って、フェアウエーの芝は刈り高が揃ってさえいれば、芝種が
何であれゴルフプレーの支障にはなりませんし、ラフに至ってはフェアウエーを捉
えられなかったプレーヤーを軽く罰するためにあるのですから、芝草である必要さ
えありません。それよりも管理費用を安く抑え、緑の芝の上でゴルフをするほうが
重要です。

 近年、高麗芝のような冬場枯れてしまう芝の上に、ベント芝のような常緑芝の種
を蒔き、お互いの長所を活かして冬場も元気な芝生環境を維持しようという技術が
注目を集めています。昨年の暮れに米国旅行して実際に体験し、お伝えしたオーバ
ーシードという技法です。今後日本でも、ゴルファーのニーズによって、次々と導
入されてゆくことでしょう。

 これ等の事を纏めてみると、ゴルフコースの芝環境は次のようになるでしょう。
ゴルフコースに生えている芝は一度植えられると畑のように耕す事ができない。その
代わり春と秋の二回、更新作業を行い芝の根が伸びる余地を確保している。コース
の戦略性の議論から2グリーンシステムは批判されることが多いが、フェアウエーや
ラフが冬場に枯れる芝を使っている限り、戦略性の問題は解決されない。芝草の管
理方法の新しい方法として、オーバーシードが注目されてきたが、単一品種を育て
ることに慣れてきたグリーンキーパーからの反発が強い。多品種の芝で構成された
グリーンは、英国の一流コースの例でも判るように、一般的なコースでは十分な品
質に仕上げることが可能であるが、日本では余り例がない。
 西日本では年間を通してゴルフが楽しめ、日射病に陥りやすい真夏の日中より早
朝や薄暮の時間が適している。更に晩秋から春までの半年間も緑豊かなゴルフコー
スでプレーしたい。今ある高麗芝寒地型常緑芝をオーバーシードする時期は、
8月後半から9月が最もふさわしく、準備期間を考えると今議論しなければ、再来年
まで常緑化のメリットを甘受できない。

  というわけで、少し季節外れに思える話題をあえて選んだのですゴルフメイト
読者の皆様も、10年以内に常緑のゴルフ環境でプレーができるでしょう。