株式会社キャトルキャー ゴルフコース設計家 迫田耕(さこたこう)
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月刊 ゴルフ場セミナー 2010年11月号 発行:ゴルフダイジェスト社
連載コラム グローバル・アイ  第94回
 
芝の寒害とテロワールを読み解く努力

早いもので21世紀最初の 十年が終わろうとしている。 異常気象による災害や、不安定な政治経済のニュースが多いようだが、足元を固めるという意味から、今冬のゴルフコースで起こりそうな芝の寒害から話をはじめよう。

一般に温暖な秋から一気に気温が下がった場合、暖地系芝ではタンパク質の合成速度が分解速度に追いつかず不足し、逆に分解物のアミノ酸やアンモニア等が過剰になるといわれている。今年のように記録的な猛暑から一転して寒くなったケースでは、秋口に窒素施肥しただろうし、野芝や高麗芝の低温障害には注意が必要だ。

寒地系芝では、気温が氷点下にならないと代謝異常は起きにくいと考えられているが、土壌にステロール等の脂質を添加して耐冷性を高める研究もされているようだ。化学反応は温度が10℃下がる毎に反応速度は数分の一になるから、非恒温生物の生体内での反応も緩慢になり、稲で5℃、昆虫は12℃以下では生理活動ができないのだ。

気温は5℃もあるのに地表(芝面)は夜間の放射冷却等で0℃を下回る場合もあり、空気中の水蒸気が芝の表面から氷の結晶として伸びる『霜』にも注意してほしい。 霜を防ぐには、水を撒いて湿度を上げ放射冷却を弱める方法や、茶畑で実用化されているように送風機で冷気と上空の暖気とを混ぜる方法、昔ながらの焚き火などがあるが、農作物の被害に比べてゴルフコースでの実害は軽微だ。

それよりも精度の高い地表温度予測や風速を含めた予報データが整っていない現状では、霜を植物の生育環境の指標として使うのが賢明だろう。 日本では紀伊半島以南では霜が降りず、この北限を境に生息域が異なる生物(植物とは限らない)が多いからだ。 霜が降りやすい冷気の溜まる窪んだ場所を霜道とか霜穴とか呼ぶが、コース内ではバンカーが霜穴になる場合が多く、昨晩の地表温度が氷点下になったかどうかの判断材料の足しになると思う。

冬に降雪のある地域は冬季休業するだろうし、逆に霜も降りない温暖な地域には関係のない話なので気が引けるが、もっと気温が下がり氷点下になる場所では細胞内液が凍結する事態も起こる。植物の種子は水分を極力含まない事によって凍結を免れるが、他の部分では細胞内液を不凍液化する方法しかない。

実は細胞内液は色々な物質が溶け込んでおり、それ自体でモル凝固点降下を起こす一方、細胞の隙間や細胞壁付近から徐々に凍結する事(冷凍庫の氷を想像して)によって、濃度は濃くなるものの細胞内部は凍結しにくいのだ。多くの場合、凍結の際に氷が物理的に細胞組織を破壊する事より、気温が上昇して氷の結晶が解凍される際に、浸透圧が急に変化して細胞内の生理活性が阻害される事の方が重大問題(冷凍食品の解凍と同じ)らしい。

つまり、最低気温自体より摂氏0度付近での温度低下速度や上昇速度を重視すべきで、極端に言えば季節や昼夜の寒暖差如何によって、その土地に適応できる植生と施肥計画が変化する筈なのだ。言うまでもなく、温度差が大きいと凍結や解凍も急激に起こるから、細胞組織が低温に対処する時間も短く、結果的に適応できないからだ。

近年、フランスのワイン醸造家からテロワール(微気候を含めた風土や地域性)を加味した葡萄農園管理方法が提唱されているが、畑に比べて複雑な地勢のゴルフコースでも、テロワールを読み解く努力を怠ってはならない。