株式会社キャトルキャー ゴルフコース設計家 迫田耕(さこたこう)
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月刊 ゴルフ場セミナー 2003年5月号 発行:ゴルフダイジェスト社
連載コラム グローバル・アイ  第5回
 
キーパーの憂鬱な季節・マスターズ
 マスターズが開催される季節になると、憂鬱になってくる。
原因は3つあり、テレビで極端に早い
グリーンの映像が放映されると一般
ゴルファーが自分の腕も忘れて俄か
評論家になってしまう事が最初だ

これは英国でも同じでキーパーもコミッティーも1ヶ月間は苦情処理に
追われると言っていた。4月後半は「速いグリーンにしろ」と言っていたのに、
本当に速くなる7月には逆に「遅くしてくれ」と泣き言を言うのが常なのだ。

英国で私が所属していたストーク・ポージスゴルフ倶楽部にはオーガスタ
ナショナルの12番ショートホールの原型とされるホールがあり毎夏マスターズ
テレビ観戦しロンドン近郊にオリジナルが存在すると知った米国人が大挙して
訪れていたしかし100年も前にできたこのグリーンは平均で4%以上の斜めの
傾斜があり傾斜を考慮してショットしても登りのパットを残す位置にボールを
止める事は難しい。

数年前に150ヤードだったバックティーを180ヤードほどに改修したのだが、
その理由は驚くなかれホールの難易度を下げるためだったのだ。150ヤードは
現代の男子プレーヤーならば8番以下のクラブを使うしかしショトアイアン
ではスピンが効きすぎて手前を流れる川まで逆戻りしてしまい不評だったのだ。

我々メンバーは、ドロー回転の掛かった低いパンチショットならば斜面と喧嘩
して止まってくれる事を知っているが、米国からの訪問者には判るはずもない。
我々にベッドを取られた挙句不満を漏らすのが常だった180ヤードなら6番を
使うから彼らにも丁度良いスピンとランが得られ簡単なホールになるという
訳だ。

つまり2番目の憂鬱の原因は、長距離神話が蔓延してゴルフゲームが画一化
しそうだという危惧である最後は戦略設計の敗北宣言を見るのが辛い事なのだ
70年程前に設計された当初は、「ボールを捜す必要によって引き起こされる迷惑
や苛立ちが全く無い事」という原則に基づき、ラフは存在しなかった。
ラフからのショットは不確実性を含み運やまぐれが作用しやすいがそれを
極力排除する事で運に左右されない実力を発揮できる場を広げたいと設計者は
願っていたのだろう。

距離の足らない人は残り距離を考え球を左右に曲げる事の得意な人は球筋を
考え、高い球が打てる人はグリーン上にボールが止まる事を期待して其々の
挑戦をする事ができる。つまりラフがなければ、スルーザグリーンの何処から
でも距離とライを勘案し、プレーヤーに多くの選択肢を与える事が可能で
れこそが当時の戦略設計の目指す方向だった。

英国リンクスでの減点法のゴルフプレーから脱却して米国式の加点法
ゴルフが花開いた瞬間だったと理解しているしかし結局はプレーヤーの技術
距離の進歩に負け、ラフという不確実性を取り入れざるを得なかったのだ。
無論、ラフからの脱出技術を競う場が与えられたという考え方もあるだろうが、
純粋な意味での戦略型設計の敗北と科罰型設計の復権を示す事例だと思う。

 ところでオーガスタは北緯33.5度で福岡市とほぼ同じ緯度にあるとても暑い
街だ。ここの芝環境は中緯度地域でのコース用芝の理想形に近いといつも感心
させられる。振り返って日本の芝環境の問題点は、高麗芝や野芝のラフにある
ような気がしている。

冬場には冬眠してしまい、フェアウエーよりも打ちやすくなってしまうような
ラフは、戦略設計以前にアンフェアである。それでも気候条件や景観財政的な
事情によって使い続けるならば冬場のコースレートは再吟味する必要があるだろう