株式会社キャトルキャー ゴルフコース設計家 迫田耕(さこたこう)
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月刊 ゴルフ場セミナー 2006年2月号 発行:ゴルフダイジェスト社
連載コラム グローバル・アイ  第37回
 
耐震強度偽装問題

建築物の耐震強度偽装問題で、設計者の責任が激しく追及されている。
業種は違うが同じ設計を業とする者として残念な事件だが、幸いな事に大きな事故が起きる前でよかったと思う。 一方で、短絡的な報道に接すると、問題が本質からずれているように感じる。

始めに、新耐震と呼ばれる現在の構造強度への小生の理解を述べると、81年以前の物に比べ近年の基準は、靭性と呼ばれる建築物の構造強度を重要視しているようだ。 この考え方は過去の災害例の苦い経験から生まれ、建築物を地震発生時に瞬時に崩壊させ難くし、歪みながらも粘って建物内部の人達が避難する時間を稼ぐのが目的らしい。 しかしながら、一度強い揺れで箍が緩んでしまった建物は、人命と引き換えに大規模な補強工事か建て替えが必要で、地震後の余震に対しては何の対策も考えられていない。

つまり現代の耐震構造というのは自動車のクラッシャブル構造と同じで、突然の事故で人命が失われる事態は軽減するが、二次災害までは考えておらず、ましてクラッシャブル構造を使い切ってしまった事故車両にそのまま乗り続ける事など想定外なのだ。 問題は建築が自動車などと違い、容易には交換不能であるにも拘らず、残存強度の確認方法がない事だろう。

また現在の構造強度の基準では、十階を越えるような高層建築では地震で受ける力より強風時の風圧の方が大きくなる事も間々あるが、相互の関連は考慮されていない。 つまり、風の強い日に地震が起きる可能性はないらしい? さらに、最新の免震構造を採用した建物でさえ、横揺れには充分でも縦揺れ(地面から持ち上げられたり、叩きつけられたりする方向)には十全とはいえないから、直下型の地震では建物の支持地盤が傾くことも含め、安全とは言い切れないと思う。

では、建物の耐用年数内ならば絶対的な安全性を確保できるような構造基準にすれば良いじゃないか。 との意見もあると思うが、最も安全性が重視されるべき架橋や公共建築物でさえ、五十年の耐用年数を超えた物が多い現状では説得力を持ち得ない。 現在の民間建築の耐震強度基準は、一般的な工法を使って達成可能な数値目標を前提にした上で、資産よりも人命を優先させた結果として、安全性と経済性とのバランスを示しているに過ぎない。

今回の事件のように建築基準法を遵守しない輩は論外として、消費者の要求に間違った解釈を加え、コストダウンという美名の下に限界まで構造耐力を落としても、削減できる金額は少ないのだ。 計算した訳ではないが、耐震強度を七割減に設定したとしても鉄筋量は半分までは減らないと思うし、総建築費の中で構造に係る費用は、杭やコンクリートの打設も含めて三割程しかないのだ。 今回の偽装問題を経費率という視点からの割合で見れば、ゴルフ場の年間総経費の中でのたった一種類の農薬の銘柄変更程度の額なのだ。 ならば逆に、ほんの少し鉄筋量を増やして地震に強い建物として売り出す方法もあったのではないかと思う。

今回の件に限らず専門家は殆どの場合、その業種を生業として生活している。 逆に言えば、彼らは旧来の方法が劇的に変っては困るから、変革や改革の抵抗勢力となってしまうことが多い。 今回の事件をゴルフ業界では、エンドユーザーのために真に必要なことは何か、専門家自身が襟を正して考え直すきっかけにしたいと思う。