株式会社キャトルキャー ゴルフコース設計家 迫田耕(さこたこう)
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月刊 ゴルフ場セミナー 2008年12月号 発行:ゴルフダイジェスト社
連載コラム グローバル・アイ  第71回
 
ゴルフ場の動植物

例年にも増して厳しい年の瀬だが、新年号なので明るい記事にしたいと思う。
今回はゴルフ場の動植物についての話題です。

20年前、ロンドンで入会していた倶楽部には年老いた1頭のメス鹿がいた。 コース中の樹木の表皮や新芽を食べてしまうので、グリーンキーパーは嫌っていたが、会員からは絶大な人気を博していて、毎昼鹿を見に来るだけの婦人会員もいたほどだ。 この鹿は擁護側の意見に拠れば『とても賢くて』グリーンには絶対に上がってこないし、穏やかな性格で人に危害を加える事などなく、しかもゴルファーの技量を判断する能力を備えていた。らしい? 尤も鹿から見れば、草が短く刈り込まれた場所は餌がないし、人間の方がよほど凶暴で、長い棒を振り回して危険だと思っていたことだろう。

同時期に入会していたもう1つの倶楽部では、茂みの中に雉が住み着き、フェアウエーのミミズを啄んでいた。 が、此方の方は気が荒く不用意に脅かすと逆に人間を追いかけるので、息を潜めて足早にやり過ごすのがメンバーの隠れた作法だった。

英国の林間コースではリスや兎や野鳩、池の周りはアヒルや季節の渡り鳥など、思い返すと多くの動物に囲まれてゴルフをしていたようだ。

御存知のように欧州のコース管理は、日本よりずっと作業人員も管理面積も少ない。 ヘビーラフは文字通り野放しだから、その土地に合った自然の植生が維持されやすい。 コースの中でも風が澱んで湿っぽい場所とか、逆に乾燥し易い地形があり、植物はその場の環境に適した種が自生するので、結果的に多様な植生が実現するわけだ。 この一見大した問題には思えないホール周辺の植生こそが、実は見事にそのホールを印象付ける鍵であることが多い。

欧州内でのゴルフ新興国であるスペインで感じたのは、英国や米国で実績のあるホールデザイン(十数パターンあると思う)はそのまま模倣できても、周りの植生までは移設できないから、チグハクな印象を受けるという事実だ。 悪い事に、ゴルフ新興国では会員権販売の広告塔としての職業ゴルファーが重用され、実施設計は英米の若手が起用される事が多いから、風土を無視した強引な模倣が多い。更に、新興国ではゴルファーの審美眼も育ってないから、テレビや雑誌で紹介された著名コースとの類似性や設計者だけに目が向けられ易い。と、いう事情もあると思う。

英国の新興コースにはどんな経緯が在ったのだろうか。 ゴルフの専門家ならばリンクスランドの意味は御存知だと思うが、20世紀初頭の設計家達は好んで『ヒースランド』という言葉を使った。 無論、海岸沿いよりも大都市近郊にゴルフの未来が隠れている事を知っていたからだが、ヒースランドはゴルフ用地としても適した場所であった。 ヒースという地面を這うように密生する植物は、日射が豊富で水捌けが良く、英国では珍しい酸性土壌の荒れた土地を好み、移植が難しい。 と言う事は、フェアウエーに沿ってヒースを刈り込めばその後管理をしなくてもよいし、酸性土壌では雑草もはびこり難く、肥料も利きが良い。 かくして、水捌けの良い土地を好む『芝とヒースと松林の組み合わせ』がロンドン近郊コースの名物になったのだ。

印象は逆かもしれないが、日本のコースは世界で最もホール当りの面積が大きい。 プレーに関係ない広大な土地をラフ(欧州だとセミラフだ)に刈り込む意義は何だろう。