株式会社キャトルキャー ゴルフコース設計家 迫田耕(さこたこう)
ホーム
プロフィール
掲載原稿・講演会
週刊コラム
出版物
連絡先
トップページ
月刊 ゴルフ場セミナー 2009年12月号 発行:ゴルフダイジェスト社
連載コラム グローバル・アイ  第83回
 
知識の宝庫

スペイン人は本を読まないから知性が足らない。と欧州では悪口を言われるのだが、日本人はどうだろうか?
今回は年初の抱負という意味で、知識の宝庫である書物についての話題です。

先日、英国陸軍著という大仰さに惹れて『英国陸軍式 男の必修科目270』を読んだ。 英国陸軍といえばコース設計家A.マッケンジー氏も一時カモフラージュ技法を講義しており、とても歴史ある軍律厳しい組織なのだ。 その由緒正しき技能集団が、必須と考える技術とは如何なる物か興味があったのだが、ミミズの食べ方や縁日を制す方策など、ジョークとしか思えない科目もあり、選定基準だけでも結構笑える。 英国人は真面目に行動すればするほど滑稽な結果を招く。 とよく評されるが、本書のような軍事専門家が喧々諤々の議論の果てに決定したであろう270科目は、その選別過程を想像すると更に楽しい。
しかし、内容は翻訳共に簡潔だが核心を突いており、専門家の校正検閲は流石なのだ。

ついでに言えば迷訳は著作を台無しにする。 同時期に読んだ本で『社会的登山者』なる単語があり、ソーシャル・クライマーの直訳だと気付いて、一気にその本への興味が失せた経験があるからだ。 因みにこの言葉は育った境遇より上のクラスに這い上がる人達を指し、アッパー・ロア(裕福な労働者階級)の人がミドル・アッパー(平均的な上流階級)を目指す場合など、西欧では成り上がり者を揶揄する意味でも使われる。 が、現代日本の平等で均質な社会(何処が格差社会なの?)では階級の概念自体が希薄だから、その代替の財力だけで足りず、学歴や住所や果ては容姿まで気にするのだ。

西洋では『社会的登山』の手段としてスポーツとしてのゴルフや倶楽部組織が活用された為、日本でのテレビ観戦を含めたレジャー(娯楽)とはゴルフの立ち位置が違う。 金儲けの手段という意味では変わらないが、社会的な規範になりたいと願う究極目標の欠如が、現代日本のゴルフ界が抱える問題点だと思う。

さて本題に戻り、過去10年(という事は今世紀)に著された本の中で、最も素晴しいと思う書籍を紹介したい。 『ヨーロッパ戦後史』トニー・ジャット著だが上下巻で1万円を超える価格なのと、西欧社会に対する基本的常識が必要なので、誰にでも気軽には薦められない。が、此処には知性が詰まっている。 この著作は知性が専門知識の集積だけではなく、その情報を整理し分析し、新たな可能性に沿って再構築してこそ意味がある事を示している。 著者は行間からも伺えるが膨大な資料を読み込んだ筈だが、それが情報の羅列ではなく我々の素直な疑問に対する答えとして再構築され、明快に著されているから凄いのだ。 一例を挙げれば、ナチに降伏した筈のフランスが、戦勝国として(敵の負けは自分達の勝ちという以上に)振舞えた理由について、などだ。

読者は過去の欧州の問題を今更検証した所で、役に立たないと思うかもしれない。が、国家を人間と読み替えれば、欧州全体が会社組織になり、資質の違う他人の言動が理解できるようになるだろう。 書物から得られる知識は転用可能だし、再構築してこそ知識は輝きを増す物なのだ。 我々の国はエネルギー資源こそ乏しいが、人的資質は高く開発の余地も大きい筈だ。

知力を磨く事が今年の抱負だが、『無人島に1冊だけ』という古典的な質問には技術者だから『理科年表』だ。